こんにちは、元仮面浪人のイムです。
最近仮面浪人について記事を書くためにネットで色々調べてた際に「うざい」、とか「頭おかしい」とかのワードで仮面浪人が辛辣に批判される場面をみかけました。
仮面経験者としてはイラっと来たアア!
ただ、なぜそういった風に一部の人たちが仮面浪人をけなすのかについて疑問に思い、考察をまとめたので今回はそれらを紹介していきます。
仮面浪人生がけなされる理由
結論から言うと、仮面浪人生がうざい、頭おかしいと思われてしまう理由は仮面浪人生自身か、その周りの人間のどちらかが偏見を持っているからだと考えられます。
以下で詳しく見ていきます。
仮面浪人生自身が偏見を持っている場合
これはつまり、仮面浪人生が仮面浪人先の大学に偏見を持ち、そこに通っている人達に対して馬鹿にするような態度や言動を取った場合、嫌われてしまうという事です。
考えてみれば当たり前のことですが、仮面浪人の当事者以外はその大学にある程度は納得して通っています。
中にはその大学に通っていることに誇りを持っている人さえいるよ!
そんな人たちに対して「こんな大学はダメだ」とか「通う価値がない」みたいなニュアンスを含んだ言葉を仮面浪人生が言ってしまった場合、当たり前ながら100%嫌われます。
結果的に仮面浪人はうざい、だとか頭おかしい、といった風な論調にも繋がってしまい、それを知った他の仮面浪人生達も少しみじめに感じるかもしれません。
自分の希望していた大学に落ちてランクの低い大学しか受からなかったら、たしかに悔しく思うのはわかります。
でも、だからと言って仮面している大学を馬鹿にしたり、通っている人をけなすのはNG行為。
人間関係を歪めてしまいます。
その時間を志望校合格のために使った方が絶対有意義なはずなので、悔しさをバネに勉強してほしいです。
一方、仮面浪人生側に一切非がない場合は‥‥周りの人間に原因がある可能性が大です。
周りの人間が偏見を持っている場合
周りの人間が偏見を持っていると、仮面浪人にキツく当たってくることが考えられます。
仮面浪人が嫌いな人の考えを端的に上げるなら
・大学に通っているのにまだ受験勉強しているのが理解できない。
・自分も通っている大学に満足していないのに、他の人が上のランクの大学に行こうと頑張っているのが気に入らない。
・高い学費を親に負担させてまで再受験する人は自分勝手だと思っている。
この3点が主な理由かなと思います。
・大学に通っているのにまだ受験勉強しているのが理解できない。
この考えの人は大学に入学するか、もしくは浪人するかの2パターンしかありえないと思っているので、中途半端な存在の仮面浪人は場合によって受け入れられないかもしれません。
懐が狭い人だな、くらいに思ってスルーすればいいと思います👍
・自分も通っている大学に満足していないのに、他の人が上のランクの大学に行こうと頑張っているのが気に入らない。
SNSや匿名掲示板で仮面浪人に対してあざ笑っている人に多いのではないでしょうか。
他の人が成功するのを邪魔したいタイプ。
わざわざネットに仮面浪人の悪口を書くなんて普通の人はしないので、よっぽど自分の境遇に満足していないはずです。(志望校に落ちてつまらない学生生活を送っている可能性大)
相手にするのも時間の無駄なのでそういったノイズは無視して仮面浪人生の方は勉強に集中してください👍
・高い学費を親に負担させてまで再受験する人は自分勝手だと思っている。
これも上の内容に近いですが、よりお金にフォーカスしている人の考え方だと思います。
たしかに、仮面浪人は裕福な家庭じゃないと学費の面では難しいです。
自分も浪人したかったけど、お金の関係でできなかったから今の大学にいるのに、仮面浪人ずるい!みたいな。
気持ちは分かる気もしますが、人それぞれの人生があるのでそこまで他人に干渉する権利はないです。
仮面浪人の方は親と相談して納得してもらったのならば、学費を出してくれている親に感謝しつつ勉強に励み合格すればそれでOKです。
ちなみに以下の記事では仮面浪人合格後の周りの反応についてまとめているので、良ければご覧ください。
実際はネットで書かれている感じとは全く異なると思いますw↓
仮面浪人はなるべく勉強だけに集中しよう
仮面浪人が批判されるのは主に、仮面浪人側か周りの人間のどちらかに偏見があるからです。
仮面浪人は仮面先の大学もそこの学生もけなすことなく受験に備えるのがベスト。
一方、仮面浪人にキツくあたる人がいるのは、その人が現状に満足していない場合が多いです。
仮面浪人中はネットの情報に振り回されることもあるかもしれませんが、全員が仮面浪人に理解がないわけじゃありません。
ちゃんと理解して応援してくれる人も必ずいます。
ていうか私は応援しています👍
以上、簡単にではありますが、仮面浪人生が「うざい」「頭おかしい」と思われてしまう理由についての考察でした。